授業・調査の様子15 文化遺産デザイン研修11

 「京都の歴史を歩こう!2015 上賀茂編」準備編その1(2015.3 歴史学科上原 駿一)



 2015年3月14日、京都府立総合資料館と共同で開催した「京都の歴史を歩こう!2015 上賀茂編」が
行われました。この遠足は地域の皆さんに、地域の現在と過去のつながりを歩きながら再発見していた
だくことをねらいとしており、ガイド役の学生は達成するため様々な取り組みをしてきました。以下、
時系列で紹介していきます。

【2014年5月〜8月】
 2014年5月29日の昼休み、打ち合わせが始まりました。ここで、文化遺産デザイン研修の対象地域が
上賀茂とし、2015年3月14日の遠足をゴールにすることが決定しました。その後、7月3日に仮の班分け
を行い、8月7日には遠足のルートや掘り下げて話すことについて意見を出し合いました。

 ここで、各自調べた結果を踏まえて、班を組み直すべきという意見が出たため、班再編成を行い担当
区域や地域横断テーマが決定されました。また、次のような意見も出されました。それは実際に本番を
想定しながら、全員が立ち止まって説明を聞くポイントを設定する事や、ポイントを移動する間に各メ
ンバーが各参加者に対して個別に説明をする内容の調整をすることです。これは後の工程にも関わる指
摘で、本番までにも強調されてきました。このため、各自の担当区域の情報をもう一度掘り下げ、夏休
み明けの中間発表に活かすことを確認して、前期の活動を終えました。

【2014年10月〜12月】
 中間報告は11月10日に行われました。この時の発表テーマは東地区「上賀茂と軍隊」「鞍馬街道興亡
史」、中地区「大田神社・穂根束公園・町名・賀茂季鷹」、西地区「社家町・上賀茂の祭神」、地域横
断「すぐきができるまで」です。

 東地区については、鞍馬街道が上賀茂などの洛北と洛中を物流や参詣の拠点となることで結んでいた
ことや、上賀茂に陸軍部隊を誘致する計画があったことの報告がありました。特にこの2点を軸にして、
より深い分析を行うと充実した説明ができるという意見が出ました。さらに当時の兵営候補地の正確な
確定が課題であるため、発表者が総合資料館職員に関係史料のご教示をお願いすることも確認されました。

 中地区でメインとなったのは穂根束公園とその町名です。穂根束公園は注目する点が二点あります。
一点はもともと「骨塚」と書かれていたこと、もう一点は「すぐき発祥の碑」が建っているということ
です。「骨塚」表記は町名分析にもつながるためこの地区の歴史の名残が説明でき、碑は地域横断テー
マとも関係します。町名については現代の地図と前近代の地図を照らし合わせ、そこで景観がどう変化
しているかを正確に把握しておくべきという意見が出されました。

 西地区は社家町と上賀茂神社が対象ですが、明神川を日常で使用しているため、上賀茂と水というテ
ーマは重要であるという意見が出ました。また、神事とは切り離せないため、競馬などの儀礼・祭礼や
神山との関係についても説明が必要であるとの指摘もありました。

 地域横断テーマは上賀茂特産の「すぐき」です。情報は文献でリサーチしていましたが、漬け込み工
程を実際に見ておくことが必要であると考え、聞き取りなどの現地調査を行うことを決めました。










写真1 中間報告の様子(発表者の用意したプリントを読みつつ) 

 以上の課題をふまえ、11月28日に二手に分かれて見学をしました。一方は京都府立総合資料館で上賀 茂村や社家町の絵図を閲覧し、もう一方は地元の農家さんにて作業工程を見学しました。総合資料館で は、上賀茂地区を考える上でキーワードとなる水路が、大宮村から京都御所方面に流れる様子を絵図で 確認しました。社家町や上賀茂神社、当時の町並みがどう変わってきたかを視覚的に捉えることができ、 現在と過去のつながりを体感する良い機会になりました。一方、すぐき見学者は、書籍だけでは分から ない漬け込みの様子や、作業される方への聞き込みを通じて地域の中のすぐきについて身をもって学び ました。そして、この経験を遠足本番の説明で活かすことを改めて目標としました。







写真2 資料館で絵図を閲覧









写真3 すぐきの漬け込み工程

 また、12月19日には住民の藤井豊一郎さん宅にて取材させていただきました。藤井さんは「上賀茂ジ ュニア検定」という企画に関わられた、地域の歴史に詳しい方であり、これまでの調査では分からなか った新たな発見をさせていただきました。大田神社近辺の人形の祠や賀茂十六流、少年時代の明神川の お話など、身近に地域と接してこられた方だからこその貴重なご意見を聴かせていただき、ここでのお 話を遠足での説明に反映していくことにしました。  そしてこれらの情報を基に、12月25日のミーティングで暫定的なルートを決め、年明けのプレ・プレ 遠足で参加者に配布するパンフレットの原稿を提出することを確認して、年内の活動を終了しました。