Research
研究背景:分子の自己組織化は分子構造である程度制御されてきました。しかし, 環境に適応して必要なタイミングで構造を変化させたり, 異なる分子構造を組み合わせ複雑な組織化構造(複雑性や階層性)を効率よく創りだしている生命の分子システムには到底及びません。
生命のシステムでは分子構造と分子環境(分子集積場)が一体となって複雑な集積過程を制御しています。生命をお手本に次世代の物質を開発するためには, 分子構造だけでなく分子環境の精密制御系を取り入れる新たな分子集積システムの開発が必須です。
新たな分子集積法の開拓とその意義:超分子科学における分子集積場の開拓は、有機合成における新反応や新触媒の開発と同じ意味をもつと考えます。超分子構造が精度よく高効率に創りだせるだけでなく, 従来では不可能とされてきた様々な新超分子構造の創製にアプローチできるようになります。
分子集積場の開発は, 実用面を考えると大掛かりで煩雑な装置では意味がありません。また, 特定の分子構造をターゲットにしたものではなく, あらゆる分子構造に対応できる汎用性のあるシステムとして構築されることが望まれます。
分子とマクロを繋ぐマイクロ空間:我々は, 分子を自在に操るための分子集積場としてマイクロ空間に着目してきました。化学者が手で調節できるパラメータ(例えば分子拡散距離、流速, 粘性, 極性など)を使って, ナノレベルの分子環境を高精度に再現よくつくりだすことができます。特に, 外部からの物質やエネルギー供給を可能とするマイクロフロー空間やマイクロドロップレットを分子集積場とした超分子形成に挑戦しています。これは 生命の分子システムをお手本に, 非平衡開放系を積極的に取り込んだ新たな分子集積手法の開拓に他なりません。 未だ理解が進んでいない非平衡系での超分子形成の学理を解明し, それを実践的な超分子形成に活用することを目指しています。
研究内容 (4)
分子認識により駆動する半人工ナノスプリングの開発
生体高分子あるいは生体分子はそれ自体優れた機能性物質です。生体高分子が持つ特有の構造柔軟性と人工分子の優れた機能を相乗的にかけ合わせる事により、フレキシブルでかつ知的な半人工ナノ材料の開発を目指しています。
(1)超分子構造の形成/解離過程に連動したらせん高分子のコンフォメーション制御:
天然糖鎖のらせん構造をナノサイズ直径の精密なスプリングとして捉えて、糖鎖表面で起こる分子の自己集積/解離過程を糖鎖らせん構造の変化と連動させることで、伸縮運動を繰り返す半人工ナノスプリングの創製を行ってきました。らせん内部を巨大な1次元空孔として利用すると、らせん運動に伴う分子機能の制御が可能になると期待されます。
M. Numata and S. Shinkai, Chem. Commun. (Feature Article), 47, 1961-1975 (2011).
M. Numata, D. Kinoshita, N. Hirose, T. Kozawa, H. Tamiaki, Chem. Lett., 42, 266-268 (2013).
M. Numata, D. Kinoshita, N. Hirose, T. Kozawa, H. Tamiaki, Y. Kikkawa, M. Kanesato, Chem. Eur. J., 19, 1592-1598 (2013) (Inside Cover).
キーワード:超分子科学、生体高分子化学、ナノマテリアル、バイオマテリアル
研究内容 (1)
マイクロフロー空間内での超分子科学
Flow Supramolecular Chemistry
プロトンの拡散時間(拡散する溶液の厚み)を制御すると、会合初期過程において会合種の核の数が制御できる。これにより, 超分子ファイバーの数や長さを流速のみで自在に制御できる(流速の増加に伴い、ファイバーの長さが長くなる)ことが示された。一般に超分子ファイバーなどの発散型構造はサイズ制御が困難である。マイクロ環境を利用すると, 超分子科学におけるこの難題を解決できる可能性がある(→ドロップレットの利用も参照)
マイクロフロー空間での分子間相互作用制御の可能性:
・アボガドロ数の分子を一度に制御しようとするバルク溶液の化学から脱却し、
溶液を細分化 、流れに沿って連続的に精密制御する。
・溶媒は均質かつ迅速に拡散するため、全ての分子が同時に会合活性になる。
特定数の分子からなる分子クラスターを扱う超分子化学が展開できる。
・分子会合のダイナミクス(分子クラスターの変遷)は流れ方向に展開していく。
よって、時間=複雑性・階層性が分子制御の軸になる。
・流れによる分子制御は分子構造に依存せず汎用性が高い。
・層流は一種の散逸構造(非平衡系でのみ維持される構造)である。
マイクロスケールの層流の消失と分子の自己組織化が連動して起きる。
1 分子の瞬間的な活性化による分子間相互作用の増強:
プロトンは大きな拡散定数を持ちます。マイクロフロー空間内ではプロトンの迅速かつ均質な拡散により全てのTPPS分子は瞬時にプロトン化され会合活性できます。分子間相互作用の一時的な増強により、効率的に超分子ファイバーが形成できました。フロー空間の1点で同時に活性化されることにより、分子会合の開始、成長、終了まで全ての分子が同じ分子環境を経験することになる。 得られる超分子ファイバーの長さにはほとんど分布が無くなる。この結果は、マイクロフロー中では分子サイズを超えた長距離的な秩序形成が可能になることを示唆している。
M. Numata, R. Sakai, Bull.Chem.Soc.Jpn.,87, 858-862 (2014) (BCSJ Award Article).
M.Numata, Y. Nishino, Y. Sanada, K. Sakurai, Chem. Lett., 44, 861-863 (2015).
2 超分子形成のダイナミクス(時間)を空間(フロー距離)で制御:
原理的には、超分子形成のダイナミクスは流れ方向にスナップショットとして展開することになる。フロー空間に沿った適切な位置で反応停止剤を導入することにより、超分子ファイバーの末端をキャップした状態で重合を停止できる。また、異なる分子間相互作用のタイミングも分子を導入する位置で制御できる。分子間相互作用の数や超分子の階層性が空間(時間)によって制御できる可能性が示された。
M. Numata, T. Kozawa, Chem. Eur. J., 19, 12629-12634 (2013).
M. Numata, R. Sakai, Chem.Lett., 43, 577-579 (2014).
3 流体力学的な力により分子パッキングを制御:
π共役系分子は水との接触によりランダムに凝集するが、このプロセスもマイクロフロー中では精密に制御できることを見出した。フロー空間に沿って溶媒極性のグラジェントを制御すると、様々なパッキング様式を持つ超分子構造をつくり分けることができる。
M. Numata, T. Kozawa, Chem. Eur. J., 20, 6234-6240 (2014) (Inside Cover).
M. Numata, T. Kozawa, R. Nogami, K. Tanaka, Y. Sanada, K. Sakurai, Bull. Chem. Soc. Jpn. 88, 471-479 (2015).
M. Numata, T. Kozawa, T. Nakadozono, Y. Sanada, K. Sakurai, Chem. Lett. 44, 577-579 (2015) (Editor’s Choice).
4 高分子間相互作用の制御とナノ構造の増幅:
M. Numata, Y. Takigami, M. Takayama, Chem. Lett., 40, 102-103 (2011).
M.Numata, Y. Takigami, M. Takayama, T. Kozawa, N. Hirose, Chem. Eur. J., 18,13008-13017 (2012) (VIP).
5 準安定な動的超分子構造の創製へ:
生命の分子システムでは目的とする分子組織構造を必要な場所に必要なタイミングで、必要量だけ創りだしています。これは、常にエネルギー消費を伴ういわゆる非平衡条件下で構造の形成、維持、崩壊が鍵となっています。こうした、形成と崩壊を繰り返す一時的な(動的な)超分子構造体の形成がマイクロフー空間では可能となります。熱力学平衡に至る非平衡過程において、サンプル管内では決して形成されない多様な組織構造体が次々と出現します。こうした構造の出現は非平衡開放空間であるマイクロフロー分子集積場の際立った特徴の1つと言えるでしょう。
M. Numata, M. Takayama, S. Shoji, H. Tamiaki, Chem. Lett., 41, 1689-1691 (2012).
M. Numata, A. Sato, R. Nogami, Chem. Lett. 44, 995-997 (2015).
キーワード:超分子科学、マイクロ科学、非平衡科学
研究内容 (2)
収縮するマイクロドロップレット表面での超分子科学
(1)刻々と極率を変えるドロップレット表面に束縛された分子の自己組織化:
トップダウン手法でサイズ制御されたドロップレットは一定数の分子を一時的に分画しておく分子の入れ物です。同時にドロップレットは収縮に伴いサイズや表面積が変化する動的な分子集積場にもなり得ます。こうしたドロップレット表面に一次元配向する分子を予備組織化させ、ドロップレットを加熱・収縮させていくと、ある極率で突然、分子の一次元組織化がドロップレット表面で実行されます。その結果、球状のドロップレットからチューブ状の組織構造 (有機溶媒を内包したままの特殊な水溶性ナノチューブ) を与えることを明らかとしました。ドロップレットのサイズや内包される分子数を制御することにより、異なるサイズのチューブ構造を創出することが可能です。本手法をもちいて、通常困難とされる数千ー数万単位の分子を一気に特定の構造へと組織化できる可能性を示すことができました。特に、分子数の制御が困難とされる発散型分子集積構造(1次元組織構造体)の分子数とサイズを制御する手法として様々な機能性分子への応用展開が可能です。
M. Numata, D. Kinoshita, N. Taniguchi, H. Tamiaki, A. Ohta, Angew. Chem. Int. Ed., 51, 1844-1848 (2012).
M. Numata, Y. Takigami, N. Hirose, R. Sakai, Org. Biomol. Chem., 12,1627-1632 (2014).
研究内容 (3)
多糖コート高分子ミセルの開発とドラッグデリバリーシステムへの応用
(2)ドロップレット界面での高分子ラッピングを利用する超分子ポリマーミセルの創製:
疎水性高分子を分散したドロップレット(O/Wエマルション)の表面を親水性の高分子(多糖)でラッピングすると疎水性コア/親水性シェルを超分子的に構築することができ, 従来とは全く異なる手法で高分子ミセルが創製することができる。薬物などの疎水性物質を疎水性コア部に分散化させた後に超分子的に親水性シェルを構築する独自の手法により, 効果的な物質の内包が可能となる。また, 化学修飾した多糖ライブラリーを用いると, 超分子的な表面修飾も可能となる。
多糖類は高い生体適合性を持つ天然の機能性高分子である。この多糖で表面をコートされた高分子ミセルは当然バイオマテリアルとしての応用が可能になる。超分子科学を駆使して創製した独自の多糖コート高分子ミセルの内部に様々な医薬品を効率的に内包し、実践的なバイオ医薬として応用する研究を展開している。
M. Numata, K. Kaneko, H. Tamiaki, and S. Shinkai, Chem. Eur. J., 15, 12338-12345 (2009).
× 超分子 = ?!
マイクロフロー空間内で制御されたプロトンの迅速な拡散を利用すると多数の水素結合を同時に駆動させることができる。 例えば, TCPP分子の4つのカルボキシル基を一気にプロトン化すると, μmサイズの水素結合2次元ネットワークが構築できることが示された。水素結合を駆動力にポルフィリンのナノシートが得られた。
Flow
ナノ-マイクロ空間を自在に制御して, 分子間相互作用を精密にトップダウン制御するための独自の技術を開発しています。分子構造そのものではなく, 動的な分子環境を時間軸を意識して精密制御すれば, 分子は新たな様式で相互作用しはじめます。こうした新しい構造形成原理にもとづき創出された超分子構造群は新しい機能を持つと期待されます。独自の分子集積技術を実践的なナノマテリアルおよびバイオマテリアルの開発に結び付けていきます。
研究のキーワード:超分子科学・自己組織化・マイクロ空間・非平衡環境・動的界面・パイ共役系分子・半人工高分子・ナノ・バイオマテリアル