京都府立大学 生命環境学部 / 京都府立大学大学院 生命環境科学研究科
応用昆虫学研究室 Laboratory of Applied Entomology
研究紹介I 〜 微小昆虫アザミウマ類の遺伝的変異と進化 その防除と利用 〜
アザミウマとは
害虫アザミウマを捕食するアカメガシワクダアザミウマ Haplothrips brevitubus (Karny) 成虫
アザミウマとはアザミウマ目 (Thysanoptera) に属する昆虫の総称で、その大部分の種は体長が1mm内外であり、細長い体型をしています。アザミウマ目の特徴として、翅脈が退化し周囲に縁毛をそなえた細長い翅、爪がみられない袋状の脚先、および口器が左右非対称な口針であることがあげられます。アザミウマ目はさらに、産卵管がのこぎり状のアザミウマ亜目(穿孔亜目)、産卵管がのこぎり状ではないクダアザミウマ亜目(有管亜目)に分類されます。
アザミウマには単為生殖をおこなうものが知られており、未受精卵から雄が生まれる産雄性単為生殖、未受精卵から雌が生まれる産雌性単為生殖、および雌と雄の両方が生まれる産雌雄性単為生殖のいずれもが確認されています。
アザミウマによる農業への害には、農作物がアザミウマに食害される直接的なものと、アザミウマが農作物の病原体を媒介する間接的なものとに分けられます。特に後者の中には、トマト黄化えそウイルスやインパテイエンスえそ斑紋ウイルスなどといった、農業現場において深刻な被害をもたらすものが含まれています。
アザミウマ類の変異と多様性
クロゲハナアザミウマの長翅型(左)と短翅型(右)
アザミウマ類には同一種であっても繁殖様式や色彩、翅長、薬剤抵抗性、寄主植物などが異なる種内変異が数多く知られています。例えば、農業害虫であるクロゲハナアザミウマ Thrips nigropilosus Uzel には休眠性や翅型発現性の異なる地域系統が多数存在し、花卉や野菜とともにそれらが異なる地域に伝搬されることで、突発的な多発生が生じることが実験的に明らかにされています。また、合成ピレスロイド系殺虫剤に対する抵抗性が異なるネギアザミウマ Thrips tabaci Lindeman の系統間には、発育期間や産卵数などに違いがあります。
近年日本に侵入した北米の大害虫ウスグロアザミウマ Frankliniella fusca (Hinds) の生態・生理的特性を調査することによって、本種が将来アメリカ大陸や日本でもたらすであろう被害を低減する上での有益な情報が得られました。このように、既に生じている被害を低減するのみならず、今後生じる被害を迅速に防ぐことを目的に、私たちはアザミウマの基本的な生態・生理的形質を調査しています。
ゴール形成と社会性の進化
アカシアの一種 Acacia calcicola に誘導された
クダアザミウマの一種 Kladothrips morrisi のゴール
オーストラリアでの共同調査の様子
クダアザミウマ類には植物組織を変形させてゴール(虫こぶ)を形成する種があります。閉鎖環境に近いゴール構造は外界の天敵や乾燥、熱から内部生息空間を守ると同時に、植物体である壁そのものがアザミウマの餌として機能します。そのため、ゴールという構造は過酷な環境におけるオアシスのような、アザミウマにとって価値の高い資源としてみなすことができます。オーストラリアにはゴールを形成するアザミウマ、他者が形成したゴールを略奪する労働寄生アザミウマ、そして天敵や競争者からゴールを防衛することに特殊化した「兵隊」を出現させる真社会性アザミウマの種など、多様な形態や生活史のアザミウマが放散しています。
オーストラリア特有の半砂漠を舞台としたゴールを利用するアザミウマの生活史の進化や種間相互作用、そして一度進化させた社会性を二次的に消失させる究極要因を、フリンダース大学やセントジョーンズ大学の昆虫学者とともに探求しています。
生物的防除素材としての利用
ヒラズハナアザミウマ Frankliniella intonsa
2齢幼虫を捕食するアカメガシワクダアザミウマ 幼虫
植食性アザミウマやコナジラミ、アブラムシ類といった難防除害虫の薬剤防除は労働負荷や環境負荷が大きく、それらを軽減できる生物農薬の利用が望まれています。しかし、他の地域に生息する有望天敵を導入することにより、群集構造バランスが崩れて思わぬ被害が生じる可能性があります。また、いったん導入したその地域に生息しない個体群を除去することは極めて困難です。このように、他の地域に生息する有望天敵個体群の導入は、導入する地域の生物群集構造に大きな影響を与えてしまいます。
そこで私たちは土着天敵のポテンシャルを最大限有効活用することによって、地域ごとに特有な自然環境を保全しつつ、害虫管理にかかる労働負荷の低減を目指しています。その一環として、京都由来である捕食性アザミウマやハナカメムシ類を用いた京野菜の無農薬栽培技術の開発をおこなっています。