京都府立大学 生命環境学部 / 京都府立大学大学院 生命環境科学研究科
応用昆虫学研究室 Laboratory of Applied Entomology
研究紹介II 〜 新害虫チャトゲコナジラミとその天敵シルベストリコバチ 〜
チャトゲコナジラミとは
チャトゲコナジラミ メス成虫
近年、全国の茶園においてチャトゲコナジラミ Aleurocanthus camelliae Kanmiya & Kasai による被害が問題となっています。チャトゲコナジラミは東南アジアから東アジアに分布するカメムシ目コナジラミ科に属する植食生昆虫で、成虫の体長は約1.2mm、体色は濃い橙色、白い斑点のある灰色の翅をもち、セミを小さくしたような形態をしています。我が国では2004年に宇治の茶園において初めて本種の発生が確認されました。
本種はカンキツの害虫であるミカントゲコナジラミ Aleurocanthus spiniferus (Quaintance) に酷似し、長らくこのミカントゲコナジラミと混同されていました。しかし、チャトゲコナジラミの研究が進むにつれ、利用する寄主植物が異なるなど1本種とミカントゲコナジラミとの間に様々な違いが確認され、また両種間の交雑も生じないことから、2011年にチャ寄生性の系統が新種として記載されました2
チャトゲコナジラミの食性と生活環
チャトゲコナジラミ メス4齢幼虫
チャトゲコナジラミの寄主植物はチャやサザンカ、ヤブツバキなどのツバキ科、およびその近縁種であるサカキ、ヒサカキなどです。本種に酷似するミカントゲコナジラミの寄主植物であるカンキツを、本種は利用しません1。同様に、本種が利用するツバキ科やその近縁種を、ミカントゲコナジラミは利用しません。
チャトゲコナジラミの発育段階は卵、1齢〜4齢幼虫、および成虫からなります。移動できる発育段階は1齢幼虫期と成虫期のみで、卵期および2〜4齢幼虫期は葉裏で固着生活を営みます。25℃条件において、葉裏に産み付けられた卵は約2週間で孵化して1齢幼虫になり、約1か月の幼虫期間を経て羽化し成虫になります3。成虫寿命は2〜4日で、メスはその間に約25個の卵を葉裏に産み付けます3
チャトゲコナジラミによる被害
すす病の発生状況
チャトゲコナジラミによる茶業への主な実害は、大量発生した成虫を作業者が吸い込むことによる不快感と、本種幼虫が引き起こす「すす病」発生による風評被害です。近畿地方において本種の成虫は年に2〜4回発生しますが、この羽化のタイミングが茶葉の収穫時期と一致します。そして収穫作業が本種の成虫を刺激することにより、おびただしい成虫が舞い上がり、それを作業者が吸い込んでしまいます。
チャトゲコナジラミの幼虫は葉裏で固着生活を営み、口吻で師管液を吸汁し、余分な糖分を甘露として肛門から排出します。この甘露が下部の葉に付着すると、そこから黒色のカビが生じすす病になります。ただし、緑茶の材料はチャの新芽であり、新芽は本種の寄生部位より上部にあるので、すす病に侵された茶葉が緑茶の原料として用いられることはありません。また、このカビは甘露にのみ生じ、茶葉そのものを侵しません。
チャトゲコナジラミの防除
チャトゲコナジラミ幼虫 発生状況
チャトゲコナジラミの防除は基本的に幼虫に対する薬剤散布でおこなわれます。しかし、本種の幼虫は葉裏に固着していることから、葉が詰まった茶畝で葉裏に十分な薬液を散布するのは極めて困難です。そして薬剤がかからなかった部位で本種が生存することにより、根絶されることなく発生を繰り返します。
チャトゲコナジラミの天敵シルベストリコバチ
シルベストリコバチ メス成虫
チャトゲコナジラミに寄生するシルベストリコバチ
オス成虫(右はハチを着色したもの)
チャトゲコナジラミの防除において、シルベストリコバチ Encarsia smithi (Silvestri) という寄生バチの活躍が期待されています。シルベストリコバチはハチ目ツヤコバチ科に属する、成虫の体長が約0.6mmの単寄生性の昆虫です。オスは体色が黒色であるのに対し、メスは体色が褐色で小楯板が真珠色を呈するため、肉眼で雌雄を区別することが可能です。シルベストリコバチはトゲコナジラミのスペシャリストなので、人の手による農薬散布では薬剤がかかりにくい部位に生息するチャトゲコナジラミであっても、容易に寄生することができます。また、本ハチは産卵によりチャトゲコナジラミ幼虫を殺しますが、それ以外にもチャトゲコナジラミ幼虫の体液を摂食することによっても殺すことが知られています4
カンキツにおいて、本ハチの導入により我が国における前述のミカントゲコナジラミは激減し、現在ミカントゲコナジラミによるカンキツの被害はまったく問題とされません。チャトゲコナジラミにおいてもしばしば本ハチの寄生率が極めて高くなることなどから、茶園においても農薬の種類や散布方法を工夫することにより本ハチを有効活用することが、チャトゲコナジラミの防除に欠かせないと考えられています。
チャトゲコナジラミ戦略的防除プロジェクト
農林水産省からの委託により京都府立大学応用昆虫学研究室を中核として、静岡大学や久留米大学、独立行政法人野菜茶業研究所、京都府、滋賀県、奈良県および三重県の研究機関によるチームが2009年度からの3年間、本種の戦略的防除体系の確立を目的として活動をおこなっています。そしてこのプロジェクトで得られた知見を基に、チャトゲコナジラミ防除パンフレットを作成し配布をおこなっています5
農林水産省のホームページからどなたでもご自由にこれらのパンフレットのPDFファイルをダウンロードしてご利用いただけます。
行動記録アプリケーション "observucho offline"
シルベストリコバチの行動観察に際し、リアルタイムに行動を記録するのは至難の業でした。そこで平成22年度京都府立大学法人若手研究者支援費の支援を受け、行動記録アプリケーション "observucho offline" を開発しました6。数字キーにあらかじめイベント名を割り振っておき、行動を観察しながらキーを押下することでイベントの生じた時刻などを記録することができます。このアプリケーションは他にも、複数のストップウォッチとしてや、交通調査のカウンターなどとしても利用できます。
本アプリケーションはフリーソフトウェアとして、ホームページ上で配布しています。どなたでもご自由にファイルをダウンロードしてご利用いただけます。
参考文献
本研究成果の一部は平成21年度新たな農林水産改革を推進する実用技術開発事業研究課題21002「チャの新害虫ミカントゲコナジラミの発生密度に対応した戦略的防除技術体系の確立」により推進されました。
本研究成果の一部は平成22年度京都府立大学法人若手研究者支援費により推進されました。