設計趣旨
テクノロジーと建築は、常に密接な関係にあり、テクノロジーの進歩と共に建築は変化していった。 直接的な建築技術の例として、RC造やS造など構造の進歩が挙げられる。これによって空間の大スパン化と、それに伴う大開口を可能とし、開放的な室内空間が実現した。また、モータリゼーションは間接的に建築の形を変化させている。ル・コルビュジエのサヴォア邸に見られるピロティの考えは、主たる住居部分を地面から持ち上げることで、自動車を建物内に誘導し、雨に濡れることなく家に出入りすることを構想して設計されたものである。このようにさまざまなテクノロジーが発展すると共に、建築空間は次々と新しいものとなっていった。 そして、現在注目されているテクノロジーとして、ユビキタスコンピューティングという技術がある。ユビキタスとは、ラテン語で「遍在する」「あらゆるところに同時に存在する」の意味があり、そこから身の回りのあらゆる場所にあるコンピューターや情報機器が、相互に連携して機能するネットワーク環境や情報環境のことを指す。 ユビキタス社会(どこでもコンピューター)という概念を世界的に広めた人物である東京大学の坂村健は、1984年にTRONプロジェクトを提唱した。現代社会では、日常生活のあらゆる部分にコンピュータが入り込み、何らかの形で人間と関わりを持っている。これらのコンピュータをそれぞれの機器別にバラバラに扱うのではなく、ある程度標準的な仕様を設けてうまく連携させようというのがTRONプロジェクトの理念である。TRONとは、「The Real-time Operating system Nucleus」の略、つまりリアルタイムに機器をオペレーションするシステムの核であり、これがあらゆる機器に組み込まれることで、機器同士の情報ネットワーク化が実現する。そして、TRONプロジェクトの提唱から5年後の1989年にTRON電脳住宅が作られた。この住宅には、床、壁、天井、窓などあらゆるところにとろにTRONが埋め込まれ、センサーで感知した情報をもとに、自動的に設備が動くように作られた。例えば、雨が降り始めると自動的に窓が閉まり、温度調節や換気のために空調が自動的に運転を始めるということが実現された。 それから約10年の歳月を経ると、基礎研究フェーズにあった住宅用機材及び住宅用建材におけるTRONのようなマイクロコンピュータ応用は、実用化の段階を迎え、2005年にはトヨタ夢の住宅 PAPIが建設された。PAPIは家電遠隔、屋内環境自動制御、ホームセキュリティの複合システムの提案を目指して構築した未来型住宅として作られた。セキュリティーの具体例として、PAPIのエントランスは、センサーやカメラなど複数の機器が連携することで守られており、クルマごと安全に乗り入れができる。留守中の異常は速やかに通報、安全確保がなされ、家族はユビキタスコミュニケーターで連絡を受け取ることができ、家の中に入る前に、家が異常を教えてくれるというものであった。また、無線技術の発達によりTRON電脳住宅よりもすっきりしたデザインのユビキタス住宅となった。 上記のように、ユビキタスコンピューティングの技術は建築にも応用され始めているが、これまでのテクノロジーがそうしてきたほどには、建築空間を変えるに至っていないと思われる。 そこで本研究では、ユビキタスコンピューティング技術を使うことによって実現する新しい建築空間の考えを、具体的な計画案として提示することを目的とする。ユビキタス技術の導入によって効果が期待できる建築用途として、図書館の計画を行う。