設計趣旨
近年、都市の中で物を大量消費する暮らしから、ゆっくりと流れる時間と心の豊かさを大切にする暮らしへの転換の要望が顕著に見られるようになっている。その背景には、行き過ぎた産業振興や地域開発に伴う環境破壊への反省がある。豊かな植生の保護や復活、環境保全を目指す動きが高まってきているのである。また、人々の余暇活動が変化してきていることも挙げられる。大規模なリゾートや観光地におけるにぎやかで大量消費型の余暇活動への期待値が小さくなり、静けさやおだやかさに満ちた農村部での滞在への期待が大きくなっているといえる。
こうした流れを受けて、わが国でもグリーン・ツーリズムの概念が広まりつつある。グリーン・ツーリズムとは、市と農山漁村を行き交う新たなライフスタイルを広め、都市と農山漁村それぞれに住む人々がお互いの地域の魅力を分かち合い、「人、もの、情報」の行き来を活発にする取組のことである。
農村の美しい景観と豊かな自然を体感するため、また新鮮で安全な旬の農産物を味わい購入するため、さらに農業を体験し、地元の人々と触れ合うため、グリーン・ツーリズムを実践する人々が増加している。大自然の中での体験やそこから生まれる感動など、その場所でしか体験できない自然とのふれあいによって心地よい時間を過ごせる環境が求められているのである。
本研究では、グリーン・ツーリズムの足掛かりとなる宿泊施設の設計を行う。建築を牧場の中に点在させ、ヒトと動物とが同じ空間で過ごす施設を計画する。建築によって旧来の牧場施設にヒトと家畜と土地との関係性を再認識させる豊かな空間を創造し、ヒトと家畜における新しい交流の形を提案することが本研究の目的である。