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  この研究は、植物生態学が専門である当研究室メンバーと、 低温研の
  水文気象グループ兒玉裕二博士・元PDの中井太郎博士らとのコラボで生まれました。

 
 関連論文:
  (1)Nakai et al. (2008) Boundary-Layer Meteorology 128, 423-443. Link
  (2)Nakai et al.(2008) Agricultural and Forest Meteorology 148, 1916-1925. Link
  (3)Nakai et al.(2010) Agricultural and Forest Meteorology, 150, 1225-1233.
Link


                        (文責=クレーム先: 隅田明洋
       生態学と微気象学との接点 : 新しい定義の森林群落高 CuBI height
 
      
  森林群落高はCuBI height(キュビハイト)
   表現しましょう !

        
      ・
CuBI heightの計算法の概略 ←へのリンク
         ・ 樹高と直径のデータをつかったCuBI height 計算実行の例 ←へのリンク


 = 風は森林に影響する、森林も風に影響する =
森林と大気との間の水(水蒸気)・熱・炭素(CO2)の出入りには「風」が大きな役割をはたしています。同時に、風もまた森林から影響をうけています。

左の図の青い曲線は、風速(横軸)と地上高(縦軸)との関係を模式的に表したものです。森林群落よりずっと上側では、上から林冠に近づくにつれて風速が減衰します。この減衰パターンは対数関数式(もう少し詳しく知りたい人は 補足1 をご覧ください)でうまく近似できることが知られています。

 
さらに林冠に近づくと、風は林冠を構成する葉の影響を強くうけます。このため、林冠に近づくにつれてしだいに風速と地上高と関係はその対数関数式からはずれ、ある高さ(左の図ではha)で風速の垂直変化を表す曲線に変曲点ができます(Thomas & Foken, 2007)。
 
この変曲点のある高さ(地上高)は「空気力学的林冠高」と名付けられました( 補足1 参考)。


「空気力学的林冠高」は、森林内にたてた気象タワーで観測した気象データから計算します。
「空気力学的林冠高」を使うと、森林~大気間の熱・水・炭素収支特性の研究に都合のよいことがあります (
補足2 参照)。 一言で言えば、空気力学的林冠高」を森林群落の高さとみなしてやると、熱・水・炭素収支特性を森林間で比較しやすくなるのです。

中井太郎君および共同研究者たちは、この「空気力学的林冠高」にほぼ一致する高さを、森林の毎木調査データ(幹直径と樹高データ)から計算できることを発見しました(文献2,3)。この方法で求められる林冠高は
CuBI height (Cumulative Basal area Inflection height) と名付けました。



       = これが CuBI height だ =
    風速の垂直変化パターンを反映する群落高が
         毎木調査からわかる
 
 

森林全体の樹木を樹高の低い木から順に並べ、各個体の樹高 hをグラフの横軸にとります。また、1.3mの高さ(胸高)の幹の断面積を、樹高の最も小さい個体のものから各々の個体まで積算した値Gを縦軸にとります。

両者をプロットすると、左図の赤で示した曲線で近似できます。このh-G 曲線の変曲点が出る樹高(群落高)が
CuBI heightです(データは実際のダケカンバ林 )。
具体的な算出法については補足3をご覧ください。

 毎木調査データをベースにした過去の群落高の定義のどれよりも CuBI height が「空気力学的林冠高」の推定値として最適であることを示すことができました(文献3)。さらに、群落高や個体数や樹種が異なる、シベリア・北海道の北方林および中部地方の合計5つの森林に対する解析で、この方法が共通して使えることもわかりました。

「空気力学的林冠高」と CuBI height とがほぼ同じ高さになるということは、タワーからの気象観測で得られる「空気力学的林冠高」 は、森林樹木のサイズ構造から得られる CuBI height と密接に関わっていることを示しています。

 
でも、タワー観測データから「空気力学的林冠高」は計算できるのに、なぜわざわざその指標として毎木調査データからCuBI heightを求められるのがウレシイのでしょうか? 




      = CuBI heightの使いどころ= 

 タワー観測の測定値解析からは、現在の熱・水・炭素収支特性を知ることはできても、それが将来どうなるかを予測することは簡単ではありません。その理由のひとつは、将来森林がどのような状態になるか、それに伴ってモデルパラメターがどう変化するのか、について予測することが難しいからです。

 一方、植物生態学・森林生態学の研究分野では、群落の中で樹木の直径や樹高がどのような頻度分布をとるのか、それが群落の発達とともにどのように変化していくか、について多くの知見があります。したがって、直径や樹高の頻度分布が将来どうなっていくか、ある程度の予測が可能であると考えられます。

 そうなれば、樹木の直径と樹高から計算されるCuBI heighで「
空気力学的林冠高」を推定し、将来どうなるかを予測することができるわけです。

 また、樹木の直径や樹高のデータは、いろいろな森林で過去何十年も記録されてきました。すなわち、タワー観測が行われるようになった以前のずっと過去にさかのぼって CuBI heigh を計算することで、過去の群落の「空気力学的林冠高」を推定することも可能になるわけです。

 森林の熱・水・炭素収支をとり扱う研究分野に生態学研究の知見を入れることで、さまざまな可能性が生まれるもととなることを期待しています。




 CuBI heightの使いどころ
      もちろん森林生態学の研究にも
  

森林生態学的な研究においても、群落高をどのように記述するかについて実はきまった方法はありません。研究者たちは皆自分たちが調べる森林の群落高を、その森林を記述するのにつごうのよい方法で決めてきました。

 もしそれらの森林で直径と樹高を測定しているなら 
CuBI height を用いて他の森林と比較可能な形で群落高を記述することができます。何よりも、CuBI height は風速の垂直分布などの物理環境と密接な関連のある生物学的指標であることから、熱・水・炭素収支に関係のない研究においても群落の状態を記述するよい指標になるのではないでしょうか?

さあ、これからは群落高を CuBI height で記録しましょう!

                       
おしまい
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<<< 補足1 >>> 
  地上高Zとその高さの風速Uとの関係は群落上においては下図左の対数関数式で近似できます。

 この対数関数関係は、上から林冠表面に近づくにつれて実際にはくずれるのですが、この関係式がそのまま成立すると仮定したとき、ある地上高で風速が(理論的に)0になります。この地上高が「地面修正量 d」と呼ばれる物理パラメターです。



 上述の地上高~風速関係式のパラメターである「d」や「Zo」は、同じ森林でもさまざまな気象条件や季節等に応じて変化しますが、両者の関係は簡単な直線関係を保つことが知られています(上右図;出典は())。この関係式で縦軸Zoが理論的に0になるときの横軸dの値、言い換えれば、地面修正量dの最大値、これが「空気力学的林冠高」です。上の右図では、「空気力学的林冠高」は11.8mであることがわかります。
 つまり、ある群落における「空気力学的林冠高」とは、その群落上の風速U-地上高Z関係式で風速0となる地上高が最大となるときの林冠高を表していることになります。そして、
CuBI height はこの「空気力学的林冠高」(=地面修正量の最大値)に相当する地上高を毎木調査データから求めている、ということになります。ちなみに上の例の森林では、CuBI heightは12.1mでした。
 また、上の説明でもわかるように、「空気力学的林冠高」は微気象観測タワーによる気象観測値をもとにした計算で求められます。

 水・熱・炭素収支を複数の森林間でモデル的に解析するとき、「d」や「Zo」が森林間で違うとモデルが煩雑になります。そこで、通常「d」や「Zo」を「森林群落高 H」に対する相対値に標準化したもの(すなわち、d/H, Zo/Hの形のもの)を使ってモデルをつくっておきます。そうしておいて、実際の森林測定から得た「森林群落高 H」を使用してモデル内で各々の森林の「d」や「Zo」を計算するのです。


<<< 補足1 おわり:もとにもどる>>> 


<<< 補足2 >>>

 森林と大気との間の水・熱・炭素収支の特性を複数の森林間で比較する研究では、しばしば、水・熱・炭素収支モデルを介した比較が行われます。モデル中では、気象観測データから算出したパラメターをたくさん使います。

 異なる森林では得られるパラメターの値も同じとは限りません。その一方、異なる森林間では、林冠の高さや個体密度(単位土地面積あたりの個体数)などの生物的な条件も違います。そのため、単純にこれらのパラメターの違いを水・熱・炭素収支特性の森林間の違いとみなすわけにはいきません。
 そこで、すこしでも比較したい森林間で統一的に解析を行うため、モデルに使うパラメターのいくつか(補足1参考)を森林群落高(林冠高に対する相対値)で表わして使用します。
 このとき当然起こりうる問題、それは、相対値化したパラメターの分母である森林群落高を何mに決めるかが、水・熱・炭素収支特性に影響してしまうということです。

では、今まではどうやって森林群落高を決めていたのでしょう?
一言で言えば、「テキトウ」です。

 通常は森林の毎木調査(個々の樹木に対する幹直径や樹高の調査)をもとにするのですが、実はそのデータがあったとしても、森林群落高を決めるのは簡単ではありません。
 例えば、いちばん簡単そうなのは、各樹木の樹高の平均値をとることです。しかし、同じ森林の中でも背の低い木は本数が多く、背の高い木は本数が少ない森林はふつうにあります。このような森林では、樹高の平均値は実際の林冠の高さよりもずっと低くなります。
 そのほかにも毎木調査データに依存するさまざまな「群落高」「林冠高」の定義がありますが、どの森林にも使える定義はこれまでありませんでした。

<<< 補足2 おわり:もとへもどる>>>


<<< 補足3 CuBI heightの計算 >>>
                                計算法詳細とプログラムはこのリンクにも→「CuBIを計算
 本文に説明したように、森林全体の樹木を樹高の低い木から順に並べ、各個体の樹高 hをグラフの横軸にとります。また、幹の1.3mの高さ(胸高)の断面積を樹高の最も小さい個体から各個体の断面積までそれぞれ積算した値Gを縦軸にとります。
このh-G 曲線の変曲点が出る樹高(群落高)が
CuBI heightです。

 
CuBI height の計算にはコンピュータが必要ですが、データ処理や計算の仕方はとても単純です。

 S字型のh-G 曲線を表す関数式をいろいろ検討した結果、リチャーズ関数と呼ばれる関数式がどの森林に対しても最もあてはまりがよいことがわかりました(でも他の関数式でもかまいません)。あてはめによって CuBI height を計算する方法は以下のとおりです。

個体の樹高hとその個体までの積算胸高幹断面積G(h)との関係を近似するリチャーズ関数を



という形にしました。ここで、A、Bはh-G曲線の上限および下限値、νとkは係数です。この曲線をh~G(h)データに対して非線形回帰という方法であてはめ、その結果算出される
hcの値が CuBI height です。実際の非線形回帰では、A、B、ν、kおよびhcに適当な初期値を与えたうえでコンピュータに計算させます。

また、推定したhcの信頼区間をbootstrap 法という方法で計算することもできます。

これらの手順について詳しいことを知りたい方は論文をご覧ください。


樹高と胸高直径のデータ(実際のデータをすこし改変したもの)にリチャーズ関数をあてはめてCuBI heightを計算させて図示するプログラムと、bootstrapによってCubi heightの信頼区間を計算させて図示するプログラムの例(どちらも[R]のコード)を公開しました。[R]のコンソール画面に、公開したプログラムコードをコピペするだけで実行できます。 詳しくはこちらへ

<<< 補足3 おわり:もとにもどる >>>


 本研究は北大21世紀COE、およびJSTの CREST/WECNoFプロジェクト(代表 太田岳史 名古屋大学大学院教授)の助成を受けました。

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