学生の研究成果
研究テーマ1 森林流域における降雨流出過程の研究
電気伝導度の連続観測による3つの隣接流域の降雨流出応答の比較
(永井 壮史 2025年度卒業論文)
森林流域において、降雨時は短時間で流量や水質が大きく変動し、隣接する支流域間であっても流出応答は異なります。この研究では、流量・降水量に加えて電気伝導度(EC)の高頻度データを用い、降水由来の流出水である新しい水(QFnew)の寄与を踏まえた降雨時の流出変化を詳細に捉え、流出を早める要因を明らかにし、隣接流域間で降雨流出応答が異なる要因を解明することを目的としました。
滋賀県大津市の桐生水文試験地内の3流域で渓流水のEC、流量、降水量を10分間隔で自動観測しました。また降水を1か月ごとに回収し、ECを測定しました。これらのデータを用いて計31回の降水イベントのハイドログラフを分離し、降雨開始からQおよびQFnewのピーク流出までのタイムラグと、Qに占めるQFnewの割合の比較を行いました。
降水量のピーク時間に対するQおよびQFnewのピーク到達時間には0分から数10分程度のタイムラグが存在しました。また、降雨から流出までのタイムラグについて、土壌の先行水分量が大きく、かつ降雨強度が大きい降水イベントほどタイムラグが小さくなる傾向が確認されました。これは、土壌が飽和に近づき、水分通導が促進されることでライパリアンゾーンから迅速な流出応答が生じたためと考えられます。
また、流域規模が大きいほど、Qに占めるQFnewの割合が増加し、タイムラグが大きくなることが示されました。流域間のライパリアンゾーンの面積と、Qに占めるQFnewの割合に明確な関係が見られたことから、降雨時の主要な流出起源であるライパリアンゾーンの面積がQFnewの流出増加に関係しています。また、ライパリアンゾーン面積の拡大は流出水の増加をもたらし、更に流量観測地点までの水移動時間が長くなることでタイムラグが大きくなったと考えられました。よって、降雨流出応答は先行水分条件と降水強度に影響を受けて早まる一方で、流域のライパリアンゾーン面積が大きくなるほど流出およびタイムラグを増大させると考えられます。
タイムラグの概念図
地質の異なる 3 流域におけるタンクモデルによる貯留・流出特性の比較
(本多 真美 2024年度卒業論文)
豪雨時の土砂災害発生への警戒避難のために、気象庁は全国を1 kmメッシュに区切って土壌雨量指数を計算し、キキクルなどを通じて公開しています。これは現在斜面土壌中にどの程度水が残存しているかを表した指標で、この数値が大きいほど土砂災害に危険性が高まっていることを意味します。この計算には直列3段タンクモデルが用いられ、各タンクの貯留量の合計が土壌雨量指数です。計算に用いるパラメータは全国一律に花崗岩大流域(189 ㎞2)の研究(Ishihara & Kobatake, 1979)で同定された値を用いています。
しかし、降雨流出応答は地質によって違いがあることが知られており、また実際に土砂災害発生の起点となる森林源流域のスケールは1 km2に満たない小さな流域であることもしばしばです。この研究では、面積10 ha未満で、地質の異なる3地域4流域を対象にそれぞれ最適パラメータを求め、仮想降雨に対する気象庁パラメータによる計算結果との比較を行いました。同時に、Ishihara & Kobatake (1979)による大流域古生層(346 km2)のパラメータによる結果とも比較しました。
対象流域は花崗岩(桐生: 5.99 ha)、角礫凝灰岩層(蒜山: 5.9 ha)、古生層砂岩頁岩互層(護摩壇山: S11; 6.5 ha、S20; 9.6 ha)の計4流域です。80 mm/hourの降雨を与えた場合の貯留量減少の時間変化を見ると、大流域パラメータでは花崗岩・古生層ともに速やかに貯留が減少したのに対し、小流域ではいずれも多量の水分が残存する傾向が見られました。これは、気象庁パラメータによる計算では早期に警戒解除となり、実際に発表されている1 kmメッシュにも十分対応できず、リスクの過小評価となることを意味しています。全国の小流域データを集積し事例を増やした上で、降雨流出特性の多様性を表現できる、地域に応じたパラメータを用いていくべきと言えるでしょう。
降雨後の貯留量の時間変化
研究テーマ2 森林流域における水質形成機構
攪乱発生地域における30年間の硝酸イオン濃度-流量関係の変化
(公文 麟太郎 2024年度卒業論文)
滋賀県南部の桐生水文試験地において、1990年以降、渓流水の水質観測を継続しています。この中で、流域で発生した森林の撹乱(マツ枯れ)に伴って、渓流水のNO3-濃度が変動する現象について、主に基底流出時(無降雨時)のデータをもとに報告してきました(例えばZhu et al., 2025)。一方で、降雨時には流量が大きく変化することに伴って、濃度も大きく変化します。そこで、この研究では、1990年以降の撹乱やその後の森林動態において、土壌や地下水環境の変化によって濃度流量関係(以下、C-Q関係、x軸に流量、y軸に濃度を取ったグラフ)に変化が生じたのかを検証しました。
1990年から2025年までに行われた、23回の降雨時の集中観測で得られたC-Q関係を「フラッシング指数(FI)」と「ヒステリシス指数(HI)」という、2つの指数を用いて分類・評価しました。FIは流量が最大となるときの濃度変動の大きさを表す指数で、1から-1の範囲の値を取ります。正なら流量増加時に濃度上昇、負なら濃度低下しており、絶対値が1に近いほど濃度変動が大きいことを意味します。HIはヒステリシス(履歴現象)の大きさを表す指標で、1から-1の範囲の値を取ります。「ヒステリシスがある」とは、流量の増加時と低減時で同じ流量となったときに同じ濃度にならない状態を指しており、正の値なら時計回りのループすなわち流量増加時のほうが低減時よりも濃度が高い関係を表し、負の値なら反時計回りのループを描きます。絶対値が1に近いほどループが大きいことを意味します。
23回の結果をFIとHIで整理すると、FIは-0.75から0.75の範囲であったのに対し、HIは概ね-0.5から0.4の範囲でした。また、FI,HIの両方が同時に正の値になることはありませんでした。これらのことは、この流域では降雨時にも濃度の変動が比較的小さく、流量増加時に一時的な濃度変化はあるものの、降雨の継続に伴う大きな濃度変動が起こりにくいことを示しています。この結果は流域末端に水質の安定した大きな地下水帯が存在して、この地下水が無降雨時の渓流水の供給源となっているだけでなく、降雨時にも主要な供給源であり続けるという、この流域の特性を反映しています。さらに大規模な降雨のときにだけ、この地下水帯に加えて、斜面の上方から供給される地下水の流出も寄与するために大きく濃度変動し、ヒステリシスループも大きくなると考えられます。
35年にわたる長期間においては、樹木の成長・衰退に伴って生態系も変化していきます。しかし、降雨時の短時間の現象としては、降雨に伴う地下水帯の拡大と流出という、水文現象が支配的であることが明らかになりました。
フラッシング指数とヒステリシス指数の関係
研究テーマ3 樹木の水利用
降雨から樹木の吸水までのタイムラグとその季節変動
(中 深結 2025年度卒業論文)
樹木が利用する水も、川となって流出する水も、元を辿れば降水です。従来、浸透から流出に至るまでを一つのリザーバーと考え、移動していく間に一部の水を植物が利用し、残りが地下水となって流出していくと扱っていました。しかし、Brroks et al. (2010)が地中海性気候に属するアメリカオレゴン州の森林流域で、降水・樹木の水・土壌水・地下水・渓流水の安定同位体比のデータを収集して比較すると、樹木の水・土壌水と、地下水・渓流水とでは同位体比に差が見られました。これを受けて、降水は植物が利用する水と川となって流出する水とに明確に分かれるという現象とEcohydrological Separation(ES現象)と定義しました。その後、各地で行われた同様の研究事例を踏まえた上で、McDonnell(2014)はこれをTwo water worlds 仮説として提唱するとともに、様々な気候帯においてさらに多くのデータ、研究事例の積み重ねが必要であると指摘しました。
しかし、日本における有用なデータは乏しい現状にあります。そこで、この研究では、温帯湿潤気候に属する日本の森林流域(桐生水文試験地)において、ES現象を検証しました。
評価は、降水、地下水、渓流水、土壌および植物の抽出水の酸素・水素安定同位体比を用いて行いました。その結果、地下水および渓流水は年間を通じて蒸発の影響を受けていないことが示されました。一方で、土壌水および植物水は、季節的に変動しました。夏季には梅雨期に土壌孔隙中に供給され、その後保持されながら蒸発の影響を受けた水を樹木が利用していた可能性が考えられました。一方、秋季および冬季には、土壌水および植物水に蒸発の影響は認められず、ES現象は確認できませんでした。したがって、年間を通じて降雨が多い温帯湿潤気候では、降雨により十分な土壌貯留が形成された後に蒸散が卓越するという条件下(梅雨から夏季)において、限定的に発生することが明らかとなりました。
温帯湿潤気候(桐生水文試験地)におけるES現象
研究テーマ4 酸素・水素安定同位体比空間分布から見る全国規模の水循環
全国渓流水酸素・水素安定同位体比の分布の長期変化と気候変動に対する応答
(網屋 花菜 2024年度卒業論文)
渓流水の酸素・水素安定同位体比(δ18O, δ2H)は降水から流出に至る流域内部の水循環過程を反映しています。2003年に日本全国で一斉採水された渓流水の酸素・水素安定同位体比空間分布(Isoscape)の解析から、降水の同位体比は年間を通して大きく変動する一方で、渓流水では降水の加重平均値に近づくこと、降水同位体比で見られる地域差も反映していることなどが明らかになっています(Katsuyama et al. 2015)。
一方、現在は気候変動により、気温の上昇だけでなく、極端豪雨の増加など、降水過程の変化が起こっています。この変化は流出過程の変化として、同位体比の分布に現れるのでしょうか。この研究では2022年に新たに日本全国で一斉採水された渓流水からIsoscapeを作成し2003年との比較から20年間の気候変動影響を考察しました。
列島スケールの空間分布を比較すると、その特徴は2003年と2022年とで大きな差は見られませんでした。それぞれの年でδ18Oは緯度、標高、年平均気温との相関が強く見られたことから、この3つのパラメータを用いた重回帰式から約1kmメッシュのδ18O分布を作成し、同地点間の値の変化を気温の変化と比較しました。その結果、δ18Oは気温の上昇に対応して20年間で概ね値が大きくなっていることがわかりました。気温の上昇に対して同位体比が大きくなる関係は妥当と言え、気候変動が直接的に渓流水の同位体比に影響していると考えられます。
また、海水の蒸発速度の指標となるd-excess値の分布では、九州、四国、中部地方の太平洋側で値が大きくなっていました。したがって、これらの地域では渓流水のもととなる降水を構成する水蒸気の蒸発速度が大きくなっているのではないかと考えられます。これは、特に西日本で極端豪雨現象が増加していることと対応する可能性が考えられます。
気温の変化とδ18Oの変化の関係